日本の近代ゲーム史に金字塔を打ち建てた伝説の名機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」。白とあずき色が特徴的なこのゲーム機は、発売から30年以上経つ今なおコアなユーザーから人気を得ている。ときに、ファミコンで遊んだ経験のある方は、2Pコントローラーに搭載されていたマイクがなんのためにあったのか、ご存知だろうか。
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『ファミコンクエスト』(冨島宏樹/三才ブックス)によると、「画面から自分の声が出たら面白いだろう」という開発者の思いつきから、具体的な使用方法はとくに決めないまま採用された機能らしい。本書には、そんな知られざるファミコンの誕生秘話から、次世代機の登場でメジャーを退くまでの12年間の歴史が再編されている。
ライターの私もファミコン世代。子供の頃に友達と遊びつくした記憶が蘇る。当時の私たちは、なぜあんなにもファミコンに熱中したのだろうか。本書からその歴史をたどってみよう。
●1983年~ファミコンの誕生~
日本でファミコンが発売されたのは、1983年7月15日。同時発売の『ドンキーコング』、『ドンキーコングJr』、『ポパイ』はアーケードからの移植版。当時のゲームといえばゲームセンターで遊ぶのが主流で、アーケードのゲームを家庭で遊ぶことはゲーマー共通の夢だった。その期待に応えたファミコンは当時としては高スペックでグラフィックの再現度も高かったという。ハドソンとナムコを筆頭にライセンスを結びソフトを制作するサードパーティの参入が追い風となってファミコン市場にタイトルが充実していった。
それまでも家庭用ゲーム機としては米国製の「アタリVCS」があった。しかし、メーカーの粗悪なソフト(クソゲー)の乱造によってユーザー離れを起こした通称「アタリショック」で信頼が失墜。ファミコンがその二の舞いにならなかったのは、ハドソンやナムコ、タイトー、コナミ、ジャレコ、アイレム、カプコン、アスキー、エニックス、スクウェア、バンダイ、サン電子という、現在でも知られる有名メーカーが切磋琢磨しゲームソフトの品質向上に努めたおかげだったという。
●1986年~RPGブームの到来~
ファミコン初期の人気ジャンルは、アーケードゲームの王道のアクションとシューティングだった。ファミコン売上歴代1位の『スーパーマリオブラザーズ』は、681万本という大記録を達成。国内で単体ソフトとしては、この記録は今もやぶられていない。…
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『ファミコンクエスト』(冨島宏樹/三才ブックス)によると、「画面から自分の声が出たら面白いだろう」という開発者の思いつきから、具体的な使用方法はとくに決めないまま採用された機能らしい。本書には、そんな知られざるファミコンの誕生秘話から、次世代機の登場でメジャーを退くまでの12年間の歴史が再編されている。
ライターの私もファミコン世代。子供の頃に友達と遊びつくした記憶が蘇る。当時の私たちは、なぜあんなにもファミコンに熱中したのだろうか。本書からその歴史をたどってみよう。
●1983年~ファミコンの誕生~
日本でファミコンが発売されたのは、1983年7月15日。同時発売の『ドンキーコング』、『ドンキーコングJr』、『ポパイ』はアーケードからの移植版。当時のゲームといえばゲームセンターで遊ぶのが主流で、アーケードのゲームを家庭で遊ぶことはゲーマー共通の夢だった。その期待に応えたファミコンは当時としては高スペックでグラフィックの再現度も高かったという。ハドソンとナムコを筆頭にライセンスを結びソフトを制作するサードパーティの参入が追い風となってファミコン市場にタイトルが充実していった。
それまでも家庭用ゲーム機としては米国製の「アタリVCS」があった。しかし、メーカーの粗悪なソフト(クソゲー)の乱造によってユーザー離れを起こした通称「アタリショック」で信頼が失墜。ファミコンがその二の舞いにならなかったのは、ハドソンやナムコ、タイトー、コナミ、ジャレコ、アイレム、カプコン、アスキー、エニックス、スクウェア、バンダイ、サン電子という、現在でも知られる有名メーカーが切磋琢磨しゲームソフトの品質向上に努めたおかげだったという。
●1986年~RPGブームの到来~
ファミコン初期の人気ジャンルは、アーケードゲームの王道のアクションとシューティングだった。ファミコン売上歴代1位の『スーパーマリオブラザーズ』は、681万本という大記録を達成。国内で単体ソフトとしては、この記録は今もやぶられていない。…






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