2018年2月6日火曜日

華はなくとも切れ者、"吉田ソニー"に対する期待

●吉田新社長が持つ"亜流"の血
ソニーの社長が4月1日をもって、平井 一夫氏から吉田 憲一郎氏に代わることが発表された。

ソニー社長就任以前から、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE、現ソニー・インタラクティブエンタテインメント・SIE)の顔として知られていた平井氏に対し、吉田氏は、一般的にあまりなじみのない人物かも知れない。吉田憲一郎氏とはどんな人物なのか、そして、彼とタッグを組んで、4月1日からは新たにCFOとなる十時 裕樹氏について、少し解説してみたいと思う。

○2世代続く「エレキ以外育ち」のトップ

平井氏から吉田氏へ。この「社長交代」に共通しているのは、「ソニーグループで育った人間である」一方で、「エレキ育ちではない」ことだ。

CBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社した平井氏は、SCEでキャリアを重ね、ソニー本社の社歴は2009年からと比較的浅い。吉田氏は1983年にソニー本社入社後、ソニーネットワーク販売、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカを経て、本社内に出来た証券業務部に移る。

その後、財務や社長室長を経験し、2000年に「So-net」でお馴染みのソニー・コミュニケーションネットワークへ出向する。エレクトロニクス畑ではなく、財務や企業立ち上げといったことを専門としてきた、いわば「ソニーの外堀構築に尽力してきた人物」といえる。吉田氏がソニー本社に戻ったのは2013年のことだ。

ソニーの旗頭は現在もエレクトロニクス事業だ。

だが、それも単独で存在するものではなく、ゲームやネットワーク、エンターテインメントコンテンツと連携し、ライフプランを提供する金融事業も絡む。そうした全体戦略を見るにはエレキ一辺倒の人物よりも、より広汎な視野をもった、「エレキ外」からの人物の方が、今のソニーのトップとしてはふさわしい、という判断が見え隠れする。

実際、吉田氏は2013年、平井氏に懇願される形でソニー本社に戻った経緯がある。彼の手腕と知見を、平井氏は自身の考えるソニー改革に必要なものと判断していたのである。

○So-netでの経験を「現在の家電ビジネス」に活かす

では、吉田氏はどのような事業を手がけてきたのか? 現在CFOであることからわかるように、財務・金融に強い人物であることは事実だが、それだけに留まるものではない。

特に大きいのは、吉田氏がソニー・ネットワークコミュニケーションズのトップとして数々の「事業立ち上げ」を経験しているという点だ。ネットワーク事業は変化のスピードが非常に早く、新しい事業を進めるために子会社を設立したり、既存の企業や事業を買収したり、といったことが必要になる。うまくいけば規模をスケールさせる必要があるし、そうでなければ畳む必要がある。

別の言い方をすれば、一般的な「事業部制による製品のビジネス」とは、ビジネスの整理や進め方がまったく異なるということである。現在は、過去のように「製品の性能を上げていけば消費者が買ってくれる」時代ではなくなっている。

だからこそ、必要な事業をすばやく判断して立ち上げ、成果を分析し、スケールするのか畳むのかを決めて進めていく必要がある。大企業であってもベンチャー企業と戦わなくてはならないシーンは多く、判断の精度やスピードへの要求が時代に合わせ変わってきている。

そこで、企業の立ち上げと「終焉」を多数経験し、ネットワークサービスの世界で戦う速度感も理解している吉田氏の経験が重要になってくる。

実は、吉田氏からCFOを引き継ぐことになる十時氏も、吉田氏に似た背景を持つ。十時氏は現在もソニー・ネットワークコミュニケーションズの社長であり、ソニーモバイルの社長も務めている。彼もまた吉田氏と同様、「すばやく企業の組織を変えていく」「必要な判断を回していく」ことに長けた人物、と評価されている。

ソニーのライバルは家電メーカーと思われがちだが、スピードを信条とするネットワークサービス企業が実情だ。そうしたライバルと戦っていくには、旧来の家電業界的な発想でなく、より冷静な目で事業を見つめ、処理する能力に長けた人々が適切である……。

そうした発想が、ソニーの次の社長として吉田氏が選ばれた理由なのではないか、と筆者には思える。

●「吉田体制」ならでは、の期待
そんな吉田氏は、ソニーの経営の中でこれまで、どのような役割を果たしてきたのだろうか?

現在のソニーは、ROI(投資利益率)とROE(自己資本利益率)、特にROEを重視する戦略を採っている。これは、平井氏と吉田氏が二人三脚で進め、特に計画立案は吉田氏が音頭をとる、という形で進んできた。冒頭で述べたように、平井氏は吉田氏を「片腕」として信頼していた。吉田氏の計画を平井氏が精査し、決断した上で自分が責任をとる、という形でソニーの改革を進めてきた。

吉田氏のチェックは厳しく、比較的小さな規模の投資案件でも、ソニー経営陣の中で収益性や必要性について最後までこだわるのは吉田氏だ、という論評は社内から聞こえてくる。だが、単なる「締まり屋」ではない。ソニーのためにその投資がどれほど必要で、どういう計画で進んでいるのかを精査する精度が厳しいからだと筆者は見ている。

実際、半導体への投資やゲームへの投資、小規模なスタートアッププランである「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」にも、反対ではなかった。「バランスシート上の重要性をどう判断するか」が吉田氏の思考の軸になっている。

恐らく、吉田氏は今後のソニーを運営していく上でも、バランスシートの改善と最適化を最重要課題として位置づけるはずだ。無駄のない筋肉質な企業体質を作り、変化にすばやく対応できれば、今後の問題にも対応しやすくなる。当面、吉田新体制は、これまでに平井氏と進めてきた路線を継承し、ROEの改善とバランスシート上の体質強化を進めていくことになるだろう。

平井氏は、社長を辞する上での課題として、「20年ぶりの好業績で、社員の気持ちが緩んでしまう。危機感がなくなるのが課題だと認識している」と語った。1月、CESでインタビューした際には「社員・役員が、ビクトリーラップに入ったように感じていることに危機感をもっている」とも語った。

現在の好調は一時的な要因もあり「この状況に甘えてはいけない」という趣旨である。吉田氏も同じ危機感を抱いており、だからこそ「バランスシート改善は道半ば」としている。気になるのは、その上で「コンシューマエレクトロニクスの会社としてのソニー」をどう演出するのか、ということだ。

ゲームにイメージセンサー、金融と、ソニーの収益源は多様化しているが、消費者にとってのイメージは「家電のソニー」であり、ブランドイメージもそこに立脚している。だから平井氏は、ことあるごとに「コンシューマエレクトロニクスがソニーの本道」というメッセージを打ち出してきた。

派手な立ち振る舞いが似合う平井氏に対し、吉田氏は実直な人柄に見える。

そんな吉田氏が、平井氏と同じようなメッセージングの打ち出し方は難しいだろう。会見でも質問に対し、「平井ほどのカメラオタクではないので、同じように細かく指摘していくことはできない。しかし、私も製品は好きで、ゲームもかなり遊ぶ。『ラストワンインチ』という考えは共有しており、そこにコミットしていく姿勢は変わらない」と答えている。

平井氏とは違う「吉田ソニー」でのコンシューマへのメッセージがどうなるのか。筆者としてはそこに期待がかかる。吉田氏は(失礼ながら)華はないが、話は抜群に上手い。理路整然としており、非常に率直に語る人物、と認識している。そのことが、ソニーの製品に良いイメージを作り出すと、面白いと思うのだが。

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